どう向き合う?トランス脂肪酸

著者 プロフィール
医療・福祉栄養研究部所属 管理栄養士
M・I

脂質は栄養素の一つであり、健康な体を作るために欠かせません。
しかし、脂質は構造により種類がさまざまで、体への影響も種類により異なります。
その中でも今回は「トランス脂肪酸」について取り上げます。
結論から言うと体には良くない脂肪酸であり、摂取量を減らすようにする必要がある成分ですが、なぜ体に良くないのか、どんなふうに気を付けると良いか、実際どれくらい摂取しているものなのかなど、考えていきたいと思います。

1.脂質の基本事項

まず、脂質の働きを確認しましょう。
①脂質は体のエネルギーとなる。1gあたり9kcalのエネルギーを産生する。
②脂溶性ビタミンや脂溶性成分(カロテノイドなど)の吸収時に役立つ。
③細胞膜やホルモン、胆汁酸の構成成分となり、体の働きを助ける。
④体脂肪として体温の維持や内臓の保護をする。
生きていくためには必要な栄養素です。しかし、摂り過ぎると肥満や生活習慣病につながるため、適量摂ることが大切です。
日本人の食事摂取基準(2020年度)では、1歳以上の男女ともに摂取エネルギー比率20~30%が目標量として設定されています。

2.脂質の種類

①中性脂肪

食品に含まれる脂質の大部分は中性脂肪(トリアシルグリセロール)です。
中性脂肪はグリセロールと3つの脂肪酸で構成されており、どのような脂肪酸が結合した中性脂肪が多く含まれているかによって食品の脂質の性質や体への影響が決まります。

②脂肪酸

脂肪酸は炭素、酸素、水素で構成されており、このうち炭素の二重結合の有無によって飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。
また、結合している炭素の数や二重結合の位置、二重結合の数によりさまざまな種類があります。

3.トランス脂肪酸

①トランス脂肪酸とは

不飽和脂肪酸の炭素の二重結合の仕方にはシス型とトランス型の2つがあります。
シス型とは、炭素の二重結合部分において、水素が同じ側にあるものです。
それに対してトランス型とは、水素が対角にあります。
トランス型の二重結合をもつ脂肪酸をトランス脂肪酸といいます。
自然界に存在する不飽和脂肪酸の二重結合部分のほとんどはシス型です。

ではトランス脂肪酸はどのように発生するのでしょうか、またどのような食品に含まれるのでしょうか。

トランス脂肪酸の構造

トランス脂肪酸が発生するしくみと食品

液体の油脂を加工して半固体または固体の油脂へと変える工程や、油脂を精製する過程などにおいて副生物として発生するといわれています。
また、自然に発生するトランス脂肪酸も存在すると言われています。

●油脂の加工

常温で液体の植物油や魚油から、半固体または固体の油脂を製造する技術の一つに「水素添加」があります。
不飽和脂肪酸に水素を添加することで飽和脂肪酸へ変換させます。本来、この水素添加によって生体にとって安全性の高いシス体の脂肪酸が生成されることが望ましいのですが、この際に副生物としてトランス脂肪酸が発生するといわれています。
マーガリンやショートニング、またそれを使用した食品にトランス脂肪酸が含まれている可能性があります。

●油脂の精製

植物や魚から採取した油脂を精製する際、脱臭のために200℃以上の高温で処理を行う工程でシス型の脂肪酸が
変化しトランス脂肪酸が発生します。
そのため、サラダ油などの精製した植物油などにトランス脂肪酸が含まれている可能性があります。

●反芻動物の体内で生成

トランス脂肪酸は反芻動物の胃で微生物により生成されます。
そのため、乳製品や肉の中に含まれる脂肪酸の中にも含まれていることがあります。

③トランス脂肪酸の影響

日常的にトランス脂肪酸を多く摂取している場合、血液中のLDLコレステロールが増加し、またHDL コレステロールが減少することで冠動脈疾患のリスクが高まるとされています。従って、基本的にはトランス脂肪酸は食品から摂る必要はありません。
ただし、トランス脂肪酸による健康への悪影響を示す研究の多くは、脂質の摂取量が多くその結果としてトランス脂肪酸の摂取量が多い欧米人を対象としたものです。
日本人の脂質の摂取量は欧米人に比べると少なく、結果、トランス脂肪酸摂取量も少ないと予想されるため、日本人にも同じ影響があるかははっきりしていません。
十分な科学的根拠があるわけではありませんが、健康への悪影響があるというコンセンサスは得られており、できるかぎり摂取量は減らすべきと考えられています。

<トランス脂肪酸とLDLコレステロール、HDLコレステロール>
コレステロールは体の構成成分となったりホルモンの成分となったり重要な役割をしています。
しかし、血液中に過剰に存在すると病気の原因となる可能性が高まります。
コレステロールは脂質の一種であるため、そのままでは血液に溶けることができません。
そのため、リポたんぱくという粒子となって親水性を高めて血液中を流れます。
リポたんぱくの種類として、LDLやHDLがあります。
LDLは低密度リポたんぱくといい、これに含まれているコレステロールをLDLコレステロールといいます。
LDLは肝臓で作られたコレステロールを身体全体へ運ぶ役割をもっています。
LDLが過剰に存在すると、血管壁に入り込み動脈硬化の原因になります。

一方、HDLは高密度リポたんぱくといい、これに含まれるコレステロールをHDLコレステロールといいます
HDLは使われなくなったコレステロールを細胞から肝臓に運ぶ役割をもっています。
脂質が蓄積して弾性が失われた血管からもコレステロールを引き抜くことができます。

よって、LDLを悪玉、HDLを善玉と考えて、LDLコレステロールを「悪玉コレステロール」、HDLコレステロールを「善玉コレステロール」と一般的には呼ばれています。


トランス脂肪酸の摂り過ぎは、LDLコレステロールを増加させ、HDLコレステロールを減少させるといわれており、その機序は明確になっていない部分も未だに多いですが、以下のようなことが報告されています。
・ LDLを構成するたんぱく質(アポリポたんぱくB-100)の分解を障害することでLDLが増加する可能性1)
・ HDLを構成するたんぱく質(アポリポたんぱくA-Ⅰ)の分解を亢進させることでHDLが減少する可能性2)
・ トランス脂肪酸とCRPと間に正の相関が認められ、体内で炎症が惹起される可能性3),4)

4.トランス脂肪酸の摂取量

①WHOの基準

2003 年に WHO(世界保健機関) は「食事からのトランス脂肪酸(水素添加油脂)摂取を非常に少なくし、
総エネルギー摂取量の 1%未満とすべき」と勧告(目標)基準を定めています。

2003年より前にはトランス脂肪酸の摂取量の多い国がいくつかありますが、
現在ではほとんどの国で 総エネルギー摂取量の 1%未満の値を示しており、世界的に減少傾向にあります。

②日本人の摂取量

2012年に食品安全委員会から公表された、「食品に含まれるトランス脂肪酸の健康影響評価(リスク評価)」によると、日本人のトランス脂肪酸の平均的な摂取量は平均的な総エネルギー摂取量の約0.3%と推定されており、「日本人の大多数がエネルギー比1%未満であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる」と結論しています。
また、日本人の食事摂取基準(2020年度版)では、トランス脂肪酸が冠動脈疾患の明らかな危険因子の一つであるものの、その摂取量及びその健康への影響が飽和脂肪酸に比べてかなり小さいと考えられること、日本人における摂取量の把握が未だ十分には進んでいないことなどを考えて、目標量は策定しないこととされています。
しかしながら、飽和脂肪酸の摂取量が多い人ではトランス脂肪酸の摂取量も多くなる傾向にあるため、
個人が脂質の摂取について気を付けることと、国として多量摂取者の割合を更に少なくするための具体的な対策が望まれます。

③世界での取り組み

WHO(世界保健機関) はトランス脂肪酸の勧告(目標)基準を定めるだけでなく、さまざまな取り組みを発信しています。

●加工食品を製造するときにできるトランス脂肪酸を減らすための行動計画

WHOは2018年に、加工食品を製造するときに発生するトランス脂肪酸を減らすための、行動計画を発表しました。
「REPLACE」という6つの行動指針で示し、各国の政府に対し、2023年までに加工食品を製造するときに発生する
トランス脂肪酸を減らすよう呼びかけています。

この行動指針のうち、加工食品を製造するときにできるトランス脂肪酸の規制が重視されています。
特に食品中のトランス脂肪酸濃度の上限値(脂質100 g当たりトランス脂肪酸2g以下)の設定や、部分水素添加油脂の使用の規制が推奨されています。
こうした規制を導入する国の数は増えておりアメリカやカナダなど2022年5月時点で45か国に達したと報告されています。
しかしながら、トランス脂肪酸摂取による冠動脈疾患の負荷が大きいと推定される上位15カ国のうち10カ国において、こうした規制の導入に至っていないことなどが課題となっています。

●栄養成分表示

栄養成分表示とは、主に加工食品のパッケージのエネルギーや栄養素の含有量の表示のことです。
日本では2020年4月から新たな食品成分表示が完全施行されており、栄養成分表示が義務化されていますが、表示しなければいけない項目(義務項目)と、できれば表示した方がよい項目(推奨項目)に分かれます。


ミネラルやビタミンなどのほかの成分については、表示の有無は任意とされています。
つまり、日本ではトランス脂肪酸の含有量の表示は企業の判断によるということになり、現状、日本でトランス脂肪酸の含有量が表示されているものはごくわずかです。
トランス脂肪酸の摂取量と関係性の深い飽和脂肪酸でさえ、推奨項目にとどまっています。

これに対しアメリカの場合、栄養成分表示の義務化は日本よりも早く進められてきました。
脂質はもちろん、飽和脂肪酸やコレステロールは1993年に表示が義務化、2006年からはトランス脂肪酸も含有量の表示が義務付けられました。
他、カナダ、シンガポール、台湾、香港、フィリピン、中国、韓国などでもトランス脂肪酸の表示が義務付けられています。
日本は栄養成分表示については他の国に比べて遅れをとっているといえます。
日本人はトランス脂肪酸の摂取量が少ない状況ですが、トランス脂肪酸への取り組みは世界規模で行われていることであるため、日本でも表示の義務化が望まれます。

●企業の取り組み

さまざまな企業がトランス脂肪酸の低減にむけての取り組みをしています。
例えば、油脂メーカーではマーガリンやショートニングのトランス脂肪酸の低減に取り組み、現在ではバターよりも少なくなっているものも多くあります。問題視されてきたマーガリンですが、低減の努力を続けた結果、今では「低トランス脂肪酸食品」ともいえる状態になってきています。
また、大手コンビニエンスストアでは、自主的に油脂を加工する過程で生成されるトランス脂肪酸を低減するよう努力していたり、トランス脂肪酸の含有量を表示していたりします。実際、一部の菓子パンにおいては、昔に比べて半分~1/18までトランス脂肪酸を低減させることに成功しています。

トランス脂肪酸低減に関する食品の表示例

現在日本では企業努力によってトランス脂肪酸の低減が進んでいますが、栄養成分表示のトランス脂肪酸や飽和脂肪酸の表示の義務化を推進するなど、日本の制度として取り組みや規制が進んでいくことが望まれます。

参考資料
日本人の食事摂取基準(202年度版) 脂質
・2012年 食品安全委員会 食品に含まれるトランス脂肪酸
農林水産省 トランス脂肪酸低減に関する情報
ミヨシ油脂株式会社 トランス脂肪酸のご心配について 
7&i セブンイレブンの想い トランス脂肪酸の低減

引用文献
1) Matthan NR et al. Dietary hydrogenated fat increases high-density lipoprotein apoA-1 catabolism and decreases low-density lipoprotein apoB-100 catabolism in hypercholesterolemic women. Arterioscler Thromb Vasc Biol 2004.
2) Cuchel M et al. Impact of hydrogenated fat consumption on endogenous cholesterol synthesis and susceptibility of low-density lipoprotein to oxidation in moderately hypercholesterolemic individuals. Metabolism 1996.
3) Lopez-Garcia E et al. Consumption of trans fatty acids is related to plasma biomarkers of inflammation and endothelial dysfunction. J Nutr 2005.
4) Mozaffarian D et al. Trans fatty acids and systemic inflammation in heart failure. Am J Clin Nutr 2004.

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