微生物が大活躍!発酵のしくみ

著者 プロフィール
医療・福祉栄養研究部所属 管理栄養士
M・I

「キビヤック」とう食品をご存じでしょうか?
イヌイット民族、エスキモー民族などが作る伝統的な発酵食品の一つです。
作り方は・・・アザラシの腹を開いて肉と内臓を取り出し、そこにアパリアスという海鳥を詰め込み、
2か月~数年地中に埋めて放置・発酵させます。
これを特別な日(結婚式など)に掘り起こして食べるのですが、アザラシではなく、海鳥を食べるのです。
アザラシの中から発酵した海鳥を取り出し、液状になった海鳥の内臓をすするそうです。
これは食べ物なのか・・・?と思えてきますが、においは強烈なものの、とてもおいしいようで、エスキモーたちの間ではたいへんなごちそうとされています。

北極
キビヤックは寒い北極で重宝される

冒険家の植村直己さんも北極圏への冒険の際にキビヤックと出会い、おいしいと絶賛、この冒険の途中でキビヤックを盗み食いされた時には犯人探しにかなり固執したとの話もあります。
ただこのキビヤックは、おいしいだけでなく、栄養面でもメリットがあります。
発酵させた食品には、菌が作り出すビタミンが含まれています。
北極圏では野菜などを作ることが難しく、ビタミンが不足しがちでした。
そのため、このキビヤックをビタミンの補給源として摂っていたということです。
初めて聞くとびっくりする食品ですが、北極圏で生活するイヌイット民族やエスキモー民族たちにとっては長い歴史の中で培った貴重な食品です。

発酵食品の種類

発酵食品
いろいろな発酵食品

世界にはさまざまな発酵食品があります。材料や作り方もさまざまですが、
その国や地域独特のものが多く歴史とともに発達したものが多くあります。
日本にも多くの発酵食品がありますね。どのようなものが思い浮かぶでしょうか?

以下は日本で身近な発酵食品です。

調味料・・・酢、味噌、醤油、本みりん、豆板醤、甜面醬、コチュジャンなど
乳製品・・・ヨーグルト、チーズ、発酵バター、カルピス、ヤクルトなど
魚介類・・・かつお節、塩辛、干物、アンチョビ、熟れずし、魚醤など
野菜類・・・漬物、キムチなど
飲料 ・・・酒、甘酒、紅茶、ウーロン茶など
その他・・・納豆、パン、チョコレートなど

他にも各地域ごとの特色のある発酵食品がたくさんあります。
今回は発酵とは何か、その仕組みなどについて述べていこうと思います。

発酵とは

「発酵」とは、微生物の力によって食品が変化し、人間にとって有益な成分を作り出す働きのことを言います。
逆に、有益でない=有害な成分ができてしまう場合を「腐敗」と言います。
発酵することにより食品の成分が分解され、もとの食品にはない味や香りが生まれます。
また、微生物がビタミンを作り出すこともあり、もとの食品にはないビタミンが存在する発酵食品もあります。
例えば、大豆にはビタミンKがあまり多く含まれていませんが、大豆の発酵食品である納豆にはビタミンKが多く含まれています。

発酵に関係する微生物

微生物とは目に見えないくらい小さい生物のことで、厳密にサイズが決まっているわけではありません。
真菌菌類(カビ、酵母など)、細菌(乳酸菌、納豆菌、サルモネラ菌など)、ウイルス、微細藻類(珪藻、スピルリナなど)、原生動物(アメーバやゾウリムシなど)などがあります。
このうち、発酵に関係する微生物は以下の3つに分類されます。

①カビ・・・麹菌、青カビ、白カビ、カツオブシカビなど
②酵母・・・パン酵母、ビール酵母など
③細菌・・・乳酸菌、酢酸菌、納豆菌など

●カビ

カビは胞子を飛ばして拡散し、菌糸と呼ばれる糸状の細胞を伸ばして繁殖します。
味噌や日本酒を作る時に利用される「麹菌(こうじカビ)」や、ブルーチーズを作る時に利用される「青カビ」、かつお節をつくる際に使われる「カツオブシカビ」などがありますが、日本で食品によく利用されているものは麹菌です。

<麹菌と麹>
加熱した穀類に麹菌を加え繁殖させたものを麹といいます。
例えば、米に麹菌を加え繁殖させると、米麹ができます。米麹を利用して日本酒や味噌などが作られていきます。
麦に麹菌を加え繁殖させると麦麹ができ、味噌(麦味噌)作りなどに利用されています。
日本で多く利用されている麹菌は、「黄麹菌」(学名はAspergillus oryzae)というものです。
麹菌を使うのは日本だけで、日本の「国菌」にも認定されています。

<麹菌の働き>
麹菌はたんぱく質をアミノ酸に分解する「プロテアーゼ」や、でんぷんを糖に分解する「アミラーゼ脂質を脂肪酸とグリセリンに分解する「リパーゼ」など、たくさんの酵素を生成します。
この酵素の働きによって、食品中のたんぱく質やでんぷん、脂質が分解され、うま味や甘味の成分ができることで発酵食品ならではの味わいになります。
さらに、食品が柔らかくなったり栄養素が分解されることで体内への消化・吸収がされやすくなったりもします。

●酵母

<働き>
酵母は球形や楕円形をした微生物で、出芽と呼ばれる方法で繁殖します。
酵母は食品中の糖類を分解して、アルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)を生成します。
発生したアルコールを主に利用したものが酒、炭酸ガスを主に使用しているものがパンになりますが
シャンパンのように炭酸ガスの入った酒もありますし、パンのおいしそうな香りにはアルコールが関係しています。
酵母にはさまざまな種類があり、「ビール酵母」「ワイン酵母」「清酒酵母」「パン酵母」などありますが、
その他味噌や醤油づくりにも関係しています。
植物や樹液、野菜や果物の表面、空気中など、自然界のあらゆるところに生息しています。

<イーストと天然酵母>
酵母を英語で言うと、イースト(yeast)です。
そのため、酵母=イーストなのですが、一般的にはパンを作るための酵母をイーストと表現しています。
では、天然酵母とは何が異なるのでしょうか。

イースト
 パン作りに適した酵母を純粋培養したもの。工場で大量生産されています。 品質が安定しており、大量製造に適しているのが特徴です。
 「生イースト」、「ドライイースト」、「インスタントドライイースト」の3種類があり、
 パンの種類によって使い分けられています。
天然酵母
 小麦や果実などに付いている酵母を増やしたもの。家庭や町のパン屋さんでオリジナルのものも作られています。
 天然酵母には酵母の他に乳酸菌などの複数の微生物も存在しているため、扱いは難しいですが、
 味や風味に深みが生まれると言われています。
 ぶどう(レーズン)やりんご、柑橘類などから酵母を起こすことが多いようです。

●細菌

乳酸菌

ヨーグルト
ヨーグルト

<働き>
乳酸菌とは、糖類を分解して乳酸を主に生成する細菌の総称です。
乳酸菌にはさまざまな種類があり、種類によって発酵の仕組みなどが少し異なります。
例えば、ビフィズス菌は広い意味では乳酸菌の1種とされていますが、乳酸だけでなく酢酸を作ったり、酸素があると生きていけないという性質を持っています(他の乳酸菌は酸素があっても生きていける)。
乳酸菌というとヨーグルトやチーズを作る時に関係しているイメージが強いですが、キムチやぬか漬けなどの漬物を作る時にも関係しています。
さらに、乳酸菌が生成する乳酸にはpHを下げることで細菌の増殖を抑え保存性を高める働きもあります。
乳酸菌はヒトの腸内細菌としても存在しています。腸内環境を改善する働きがあるため、「善玉菌」ともいわれています。

酢酸菌

<働き>
酢酸菌とは、アルコールを分解して酢酸を生成する細菌の総称で、様々な種類の食酢を作る時に活躍します。
つまり、酒に酢酸菌が働けば酢ができる、ということです
そのため、酒の原料と酢の原料は共通しています。例えば米を原料に日本酒が作られますが、これに酢酸菌が働くと米酢になります。
ぶどうを原料にワインが作られますが、これに酢酸菌が働くとワイン酢ができます。
赤ワインから作られるものは赤ワイン酢、白ワインから作られるものは白ワイン酢となります。

一般的に酢には5%程度酢酸が含まれています。酢にはさまざまな調理効果がありますが、それは酢酸によるものです。
酢酸にはpHを下げることで細菌の増殖を抑え保存性を高める働きもあります。
ピクルスやしめさばなどは酢酸の力により保存性が高められています。また、鼻にツンとくる刺激のある香りも酢酸によるものです。

納豆菌

納豆

<とっても強い納豆菌>
納豆菌とは、枯草菌という細菌の1種で、納豆をつくる時に欠かせません。
納豆菌は身近な田んぼや畑、枯れ草に存在し、特に稲わらに多く生息しています。
納豆の伝統的な製法は、稲わらを煮沸し大豆を包んで納豆を作るというものですが、稲わらを煮沸した際、大豆を腐敗させる菌は死にますが納豆菌は生き残ります。
納豆菌は芽胞と呼ばれる殻(胞子)を作る性質があり、これにより熱に強くなります。
熱だけでなく乾燥や酸性にも強く、-100℃の環境にも耐え続けることができます。
このように菌のなかで最強ともいえる納豆菌は、ほかの発酵食品を作る時に影響を与えてしまいます。
酒蔵や味噌・醤油蔵、パン工場など、麹菌や酵母などほかの菌を扱う現場では、納豆菌を持ち込まないために納豆を食べてはいけないといいます。


<働き>
納豆菌はたんぱく質分解酵素をもち、大豆のたんぱく質を分解してアミノ酸を生成します。
酵素を持ち食品の成分を分解する点はほかの菌などと同じですが、納豆菌はそれ以外にもさまざまな成分を作り出します。
例えば、アミノ酸の1種であるグルタミン酸を多数結合させて「ポリグルタミン酸」を作ります。
このポリグルタミン酸こそが納豆独特の粘りになります。
また、健康に良い働きをする成分も作り出します。
発酵の過程で「ナットウキナーゼ」というたんぱく質分解酵素を生成しますが、ナットウキナーゼは血栓を溶かして、血流を良くする働きがあります。そして納豆菌は骨の形成促進に関わる「ビタミンK2」も生成します。
さらに納豆菌には善玉菌の働きを助け腸内環境を改善する働きもあります。
このため、納豆は健康面でメリットの多い食品といえます。

今回は発酵の概要についてまとめました。
次回は酢や酒などそれぞれの発酵食品について詳しく述べていきたいと思います。

<参考>
・齋藤勝裕著;ベレ出版;「発酵」のことが一冊でまるごとわかる
・Nationalgeographic 【連載】植村直己 夢の軌跡 第3章冒険家の食欲後編
   https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20110809/280454/
・日本微生物生態学会アウトリサーチ 微生物って何? 
   http://www.microbial-ecology.jp/or/microbial.htm
・みんなの発酵BLEND 発酵のきほん 
   https://www.hakko-blend.com/study/
・一般社団法人全国発酵乳乳酸菌飲料協会 発酵乳乳酸菌飲料公正取引協議会
   https://www.nyusankin.or.jp/lactic/basics/
・Cotta ゼロから学ぶ天然酵母 
   https://www.cotta.jp/special/bread/yeast.php

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