正しく怖がる「農薬」について その2

著者:管理栄養士 日下千代子
一般社団法人健康栄養支援センター
医療・福祉栄養研究部

はじめに

今さら聞けない「農薬」って何? その1 では概要等をとりあげました。
第2回では、有機農産物、食品別、土壌への影響等などを取り上げます。
厚生労働省、農林水産省等の公的機関の情報からまとめてみました。

農作物の収穫量

農耕地は自然の生態系とことなります。営農農家では、一種類の作物を効率的に、一定量を栽培できること、植生の遷移が起きないように管理すること、収穫物を外に持ち出すことです。
また、原種の生息環境と離れた環境で栽培されます。過去には、農業生産性を高めるために品質改良や物理的、生物学的な対応が行われてきましたが、十分な効果は得られませんでした。
そこで、化学合成農薬の使用により、高品質で安定的な農業生産が可能になりました。また、広大な農地の実農業生産現場では病害虫や雑草の防除が必要となります。

農薬未使用の場合の減収率

農薬未使用の場合、収穫量の減収の割合。水稲の減収率は最大で100%、最小で0%、平均24%。大豆の減収率は最大で49%、最小で7%、平均30%。りんごの減収率は最大で100%、最小で90%、平均97%。97キャベツの減収率は最大で100%、最小で10%、平均67%。きゅうりの減収率は最大で88%、最小で11%、平均61%。
資料:「病虫害と雑草による農作物の損失」平成20年6月社団法人日本植物防疫 
注:慣行的な管理を行った栽培試験区と行わなかった地区を比較調査

土壌への影響

散布された農薬のゆくえ

農薬は施用されると、主として大気で光分解され、土壌では主として微生物分解されます。また、降雨により川に流れ出ます。
大気では、散布された農薬の一部は直接気化したり、微粒子に吸着して大気中に浮遊し、次第に拡散します。
拡散した農薬の多くは光分解を受けます。水系では、水溶解度の高い農薬ほど水系に入りやすいです。
光分解・微生物分解を受けたり、底質に吸着されます。排水路では1/50、小河川では1/500、大河川では1/1000の濃度となります。
土壌中に入った農薬の多くは表層付近にとどまり、主として土壌微生物によって分解されます。
土壌中での残留期間は農薬と土壌の種類によって大きく異なります。現在、半減期が原則180日以上の土壌残留性農薬は登録されていません。

田んぼに水を引き入れる用水路。
田んぼに水を引き入れる用水路

生態へのリスク

ヒトは「自然」に身をゆだねているわけではなく、ヒトの病原菌を排除し、食料確保のために多くの生物種を排除してしまうという選択をしてきました。
今は、その行き過ぎへの反省から環境保全意識が高まっています。環境生物に対するリスクの評価には、それら生物種の「生態学的意義」と「ヒトの生存との関係」は切り離せないものです。
ですから農薬の「生態リスク評価」をする必要があります。リスク評価は、その技術(ここでは農薬)のリスクと代替技術のリスク、便益をも加味して、総合的に考える必要があります。
過去は、農薬についてはヒトの安全性に重きを置かれてきましたが、現在は生態系へ影響も考慮されてきます。
持続可能な社会の構築を実現うえで、農薬の環境リスクの評価・管理制度の中に、生態系の保全を視野に入れた取り組みを強化することが重要とされ、2005年4月から施行されています。

どのような取り組みがされているか

毒性評価の対象は、魚類、藻類、甲殻類を対象にしています。毒性評価だけでなく、暴露評価がなされています。
*暴露評価:環境中の予測濃度と急性影響濃度を比較してリスクを評価すること
リスクの評価の結果、環境中の予測濃度が急性影響濃度を上回る場合は登録を保留されます。

この項:島根大学 山本広基氏 農林水産省の講演記録より

作物を食べるときのあれこれ

いちご狩りのいちご

農薬を適正に使用して栽培されたイチゴは、科学的に安全性の問題はない。ただ衛生的な観点から、土やホコリは洗ったほうが良いでしょう。いちご狩りを実施している農家によっては、ホームページなどで農薬について情報提供しているところがあるので、心配な場合はそれらを参考にする方法があります。

子どもがいちご狩りをしている様子

りんご

買ったりんごの表面がワックスを塗布したような状態がみられることがあります。収穫後に塗られたワックスでも農薬でもありません。りんご自身が「ろう物質(果粉)」を分泌して内部を保護しています。リンゴの貯蔵期間が長くなると、皮に含まれるリノール酸やオレイン酸などが増え、これが果粉を溶かすのでべとべとした状態になります。「ブルーム」とも呼ばれるもので植物自体の生理現象です。ぶどうやきゅうりの表面の白い粉も果粉(ブルーム)です。

キャベツを洗うと油状のものが浮いてくる

これもりんごと同様のブルームの一種です。植物(作物)は固定した場所で生育しているため、外敵(害虫や病原菌)及び環境変化に対抗するため様々な方法を備えています。キャベツは、葉の表面をブルームで覆い自分の身を守っており、キャベツ自身から出る代謝産物で、その主成分は脂肪族炭化水素です。乾燥状態が続いたりすると特に多く見られます。似たような事例として、レタス、ブロッコリー、カリフラワー等を水洗いした際にも同様な灰白色の浮遊物が見られます。

調理することで残留農薬は落ちるか

その1でも、記しましたが、普段どおりに調理すれば落とせます。残留農薬は、作物を水洗いや調理・加工などせずに分析され、その値で基準値が設定されています。農薬の種類や農作物での残留場所によって程度は異なりますが、作物に農薬が残っていたとしても、健康に影響を及ぼすような基準値ではないので問題はないと言えます。水で汚れを落とす、皮をむくなどで減少します。

野菜別、調理別の残存率(農業工業会)

水洗いによる農薬の残存率の表。ばれいしょ、ピーマン、ほうれんそう、にんじん、ぶどう。
ゆでることによる農薬の残存率の表。ばれいしょ、ピーマン、ほうれんそう、にんじん。
皮をむくことによる農薬の残存率の表。ばれいしょ、にんじん、ぶどう。
揚げることによる農薬の残存率の表。ばれいしょ、にんじん。
炒めることによる農薬の残存率の表。ばれいしょ、ピーマン、ほうれんそう、にんじん。

有機農産物

有機農産物とは

農林水産省で「有機農産物の日本規格」として厳密な規格が定められており、生産方法、生産の原則、圃場の条件、たい肥の施用、植付ける種苗、有害動植物の防除、輸送・選別・調整・貯蔵・包装等の工程に関わる管理が定められています。
また、その表示方法についても定められています。肥料・土壌改良資材や農薬、調整用資材についても施用できるものが限定され、使用方法も守るように規定されています。
具体的には、種播き又は植え付け前2年以上(多年生の植物は3年以上前)、禁止されている農薬や化学肥料を使用しない圃場で生産されたものです。
キノコ類、スプラウト類について、菌種や種子についても定められています。遺伝子組換え由来の種苗を使用することは禁止されています。

有機農産物のJASマーク

有機農産物の表示は、表示ガイドラインによりその適正化が図られてきました。しかし、ニセ有機農産物や有機肥料だけで栽培したものを有機農産物と表示したものが横行する等の混乱があり、一般消費者の商品選択に混乱が生じるおそれがありました。
再々の規格の改定が行われ、現時点では平成29年が最終改正となっています。JASマークの種類は、大きく分けて「品質に関する規格」「生産方法に関する規格」があり、有機農産物は生産方法に関するものになります。
検査認証は「有機農産物検査認証制度ハンドブック」 (https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/pdf/nosan_handbook_5.pdf)に準拠して、登録認定機関が行っています。

有機農産物の名称の表示方法

名称の表示方法は「有機農産物」、「有機○○」、「オーガニック○○」等と表示します。
「○○」の部分にはその一般的な農産物の名称を記載します「有機JASマーク」がない農産物や畜産および加工食品に、「有機」「オーガニック」などの名称の表示やこれと紛らわしい表示を付すことは法律で禁じられています。
なお、2020年7月から有機の畜産品にもJASマークが必要となりました。

特別栽培農産物

特別栽培農産物に係る表示ガイドライン

特別栽培農産物に係る表示ガイドラインでは、地域で一般的に使われる節減対象農薬と化学肥料の使用をそれぞれ半分以下にして栽培された農産物を対象とし、「無農薬」、「無化学肥料」等の表示は、優良誤認を招くことから、表示禁止事項としています。
本ガイドラインは、平成19年 3月23日に改正され、平成19年4月から出荷される農産物の表示に適用されています。

特別栽培農産物の化学肥料と農薬の節減割合の図。化学肥料は窒素成分が5割以下。農薬は使用回数が5割以下。

節減対象農薬

「節減対象農薬」とは、従前の「化学合成農薬」から「有機農産物のJAS規格で使用可能な農薬」を除外したものと定義しています。具体的には、有機農産物のJAS規格で使用可能な農薬は節減対象(化学合成農薬の使用回数のカウント)から除外しました。

名称について

特別栽培農産物の化学合成肥料と農薬の削減割合の表

無農薬野菜

前述に記されているように、現在、「無農薬」、「無化学肥料」等の表示は、表示禁止事項となっています。
したがって、マーケットやスーパーで「無農薬〇〇」の表示は違反になります。
その1でも記したように、生物に備わっている防御機構で虫に葉をたべられないために、虫の嫌いな物質を出します。その物質をどのくらい摂れば、ヒトに有害かは不明です。
植物が虫によるストレスや自分以外の植物に領域を侵されないようにするため、農産物を無農薬で栽培する場合、農業従事者は雑草を取り除き、虫を目視で除いてやらなくてはなりません。
農産物を無農薬で栽培する人たちの生産形態は、圃場はおおむね小さく、狭い畑で、数うねごとにさまざまな作物を生産しています。
流通は、直売所や決まった顧客に宅配する方法になります。生産者の労力は大きいと言わざるをえません。
無農薬栽培は、自然環境との調和を重んじ、自然の保全をという意味合いもあるので、それに取り組む方々の思いは尊重しなくてはならないと言えます。

手作業で畑の草を抜く農業従事者

終わりに

安心・安全な食べ物はすべての人たちが希求してやまない課題です。
「食べること」は「生きる」ことに直結していますが、農薬について考えただけでも、我々の日常は常に「食」のリスクをはらんでいることを改めて認識します。
いささか手あかのついた言葉になりますが、寺田虎彦の「モノを怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい。」を思い起こし、科学的知見の重要性を肝に銘じることが肝要と思います。

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